平凡で幸福な、よく働く作家

数々の悔いがあると書いたが、実は私にはまことに欲張った悔いも一つある。それは、クリスティにも会っておきたかった!

昭和から平成にかけて「ミステリーの女王」として活躍した日本の女性推理小説家・夏樹静子のエッセイ本『往ったり来たり』(光文社文庫)を読んだ。

著作の多くをKindle Unlimitedで読めることで知った作家で、クローズの晩に行方不明者が出るといわれるホテルで恩師夫妻が消えてしまった『人を呑むホテル』や、クリスティの名作を豪華クルーズ船を舞台に再現した『そして誰かいなくなった』などの長編小説ですっかり好きになった。

特に『そして誰かいなくなった』は、元ネタを知っているにも関わらず、犯人も先も読めない展開にドキドキした。にも関わらず、元ネタに沿って進んでいくんだから天才か。今思い出しても、面白い!

日本のクリスティとも称される彼女のエッセイ本は、作品の印象とがらりと変わって家庭を守るごく普通の主婦といった雰囲気から始まる。しかし寸暇を惜しんで仕事をする(=小説を書く)熱意はとても真似できそうにない。

かのエラリー・クイーン夫妻との交流についても描かれており華やかだ(フレデリック・ダネイの方)。最初に引用した「クリスティにも会っておきたかった!」という悔いも、こっちからしたら贅沢すぎる悩みである。

クリスティこそ、平凡が普遍に通じることを鮮やかに実証した作家であった。

アガサ・クリスティが自身を「平凡で幸福な、よく働く作家」と評したという話を読んだ時、その表現だけはそっくり自分にも当てはまり、平凡はどこかで普遍に通じるかもしれないと、ほのかに灯がともった。

クリスティにシンパシーを感じている夏樹静子の文章に、またこちらも深く頷いてしまう。時代に左右されるものではない人間の本質を描いているから、今読んでも変わらずクリスティは面白い。

そしてそれは、夏樹静子の作品にも言えることなのだ。

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