恋愛小説はあまり好きではなく、ほとんど読んでこなかった。わざわざ人の恋がうまくいく話を読みたいとは思わないという、非モテをこじらせている自覚はある。
だから以前は、好きなミステリーでも男女バディとか、いかにもロマンスがついてきそうな話は好きではなかったし、憧れの名探偵にイイ感じの女性が出てきたらムッとしたものだった。
そんな思春期も疾うの昔となって、以前より読書の幅が広がってみると、皮肉なもので面白いと感じる作品のほとんどが、結局男と女の話だったりする。
たとえば、江戸川乱歩の『黒蜥蜴』。名探偵・明智小五郎と美貌の女盗賊・黒蜥蜴の対決を描く長編で、強敵と認めるからこそ惹かれもする、常人には踏み込めない世界がそこにある。
そして坂口安吾の『不連続殺人事件』は、山奥の豪邸に集まった芸術家だちが殺されていくミステリー。あけっぴろな不倫やアバンチュール入り乱れる人間模様で、いっそドロドロもしない不思議!(笑)
大本命は、アガサ・クリスティーの『ゼロ時間へ』。豪邸に集う人々のなかに1組の美しい夫婦がいるのだけど、夫は元奥さんまで呼んで3人で仲良く過ごそうとする地獄絵図。
新妻はそんなの気に入らないし、元妻は何を考えているのか分からない。さらに、そんな元妻のことをずっと密かに愛し続けている男もいたりしてーー。
こうしてお気に入りを上げていくと、恋愛というより愛憎劇が好きなのか。あれ、やっぱりこじらせてる?
けれど、昨日読んで「好きだ!」と思った川端康成の掌編『日向』は、心が温かくなる愛の物語だ。
人をじっと見る癖がある主人公の男は、相手にそれを指摘されては自己嫌悪に陥る。まさに今、恋がはじまったばかりの娘にも、同じことをしていたようだ。この癖がいつ、なぜ始まったものなのか。不意にある記憶が蘇る。
男が改めて娘を見る。彼女は顔を赤らめてあどけないことを言う。
混じりけなしの恋をする男女のやりとりに、こういうのがもっと読みたいのだと何かしらの脳内ホルモンがどぱどぱと出た。
思えば、男と女の会話で構成される江戸川乱歩の掌編『断崖』も好みだったのだ。これはドロドロのほうだけども。
週末読みだしたクリスティーの長編『杉の柩』も、まさに男と女の愛が支柱にあってもう面白い。続きが早く読みたい。