
青年が真剣に恋をするような人形を作りたい老職人と、人形を愛してしまったことで破滅した青年の、ふたつの物語を読んだ。
前者は江戸川乱歩の『悪霊物語』、後者はホフマンの『砂男』。
ホフマンの『砂男』に出て来る美しい娘人形、オリンピア嬢でしたかね。あれがわたしの念願ですよ。おわかりでしょう。世の中の青年たちが真剣に恋をするような人形ですね
青空文庫で読んだ悪霊物語のなかに、砂男が出てきたのだ。
さっそく読んでみると、どちらも人間と人形の境界が曖昧になるような恐怖を感じた。
さらにいうと、砂男を読んでから改めて悪霊物語に立ち返ると、老職人の闇が一層濃くなる気がした。
!未読で内容を知りたくない方は以後注意!
『悪霊物語』の人形のように美しい娘
そもそも『悪霊物語』は、乱歩が他の作家とのリレー形式で雑誌連載したもので、結末が描かれている作品ではない。
ただ、「それで、どうなったの……?」という幕切れながら、その後味自体が、幻想怪奇短編として成立しているようでもある。
語り部は、乱歩を思わせる怪奇小説家。取材のため風変わりな老人形師を訪ねると、そこで人形のように美しい娘と出会う。
老人形師の仕事部屋でモデルをしているというが、何かが変だ。帰り際、娘からこっそり渡された手紙には、この老人は大悪人で、自分は殺されてしまうというSOSが書かれていたーー。
『砂男』の青年が彼女の正体に気づいた瞬間
一方で、『砂男』は青年ナタナエルが、自動人形とは知らずに恋をして、破滅していく話。
婚約者の存在をすっかり忘れて、自動人形オリンピアに夢中のナタナエル。そもそも幼少時の「砂男」のトラウマ等々、不気味で怖い話が続くのだけど、個人的に一番ぞっとしたのが、ナタナエルが人形と気づいた瞬間の描写。
ぶざまにぶらさがった女の足が階段に当たって、かたかたと木の音をひびかせた。
恋していた人が、一瞬でモノに変わる恐怖は強烈だった。
怪奇小説家=ナタナエル説
悪霊物語の老人形師は「世の中の青年たちが真剣に恋をするような人形」というけれど、『砂男』ではトラウマを抱えたナタナエルのみがオリンピアに夢中になって、多くの男性は人形と見破れないまでも、不気味さを感じて近寄らないようにしていた。
そのため、老人形師の砂男に対する解釈時点で、どこか歪んだ精神を感じずにはいられない。
そして、『悪霊物語』においてのナタナエルが、怪奇小説家なのではないかという疑い。
初読の時点で、娘のSOSも老人形師の仕込みではないかという考えが浮かんではいたものの、砂男を読んだ後では、娘の口数の少なさ、まるで自動人形のまばたき、人間らしくないという強烈な魅力がやけに意味深である。
しかし触れた肌は温かく弾力があった、という描写もあり、SOSの先はリレー先の作家に委ねられているから、怪奇小説家がナタナエルと同じ道を辿ることはほぼないだろう。
ただ、老職人が人形作りのために美しい娘をさらったサイコパスというのではなく、猛烈に恋されることで人形に魂を宿そうとする狂気の職人、というほうが一段怖い。

