「書くこと」と「悩み」の関係性

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人気はてなブロガー、フミコフミオの『神・文章術 圧倒的な世界観で多くの人を魅了する』は、書くことで人生がより良くなる系の1冊だ。

前回の感想のほか、「書くこと」と「悩み」の関係性が興味深かったので記録しておく。

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多くのケースで悩むというより混乱している

悩みがない人間はいない。だが、悩んでいる人の多くは、「何に悩んでいるのか」整理されていない状態であることが、じつに多い。悩むというよりは混乱しているのだ。

本書の核である「書き捨てメソッド」は、その名の通り、人の目に触れさせず、捨てることを前提にして書くことだ。

「悩み」について書き捨てる場合、実は多くのケースで悩むというより混乱しているだけ。つまり処理が追い付かず整理されていないものをエンドレスで悩み続けているという悪循環があるという。

そこで、書き捨てで悩みと思われているものを分解してみると、自分の力ではどうにもならないもの、悩みではなく自分の努力で解決できる「課題」、実は悩みにもならない「雑音」などに分けられて、今何に自分が向き合うべきが見えてくる。

「嫌い」「苦手」を遠ざけるのは思考停止

「悩み」と関連して「嫌いなもの、苦手なもの」がある。なるべく関わりたくないのが人の心であると思うけれど、なぜそう感じるのか書き捨てる=自分の言葉に落とし込むことも、生きやすくなるヒントになりそうだ。

「嫌いなもの」を嫌いなままで終わらせない。僕らの人生は短い。触れられる資源は少ない。資源は有効に使おう。デスノートで嫌いな相手を突然死させるより、自分にとって利のある行動をさせてから死に至らせるほうが、役に立つ。

今、手書きの習慣やアナログな手帳が人気を集めているとよく聞くけれど、それだけ、自分の内側に関心を向ける人が増えているのかもしれない。

誰かに理解してほしいと願うより、自分のことは自分がいちばん分かっていると感じられるほうが、健全でしあわせなことのように思う。