自分は本(モノ)より価値がある、という考え方

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最近、自分の本棚にモヤモヤすることがある。

スペースに限りがあるし、引っ越しを機にかなり厳選したほうだと思っていたけれど、本当に全部、必要なものだろうか。

きっかけのひとつは、引越し。

本が段ボールに入っているうちは、久しぶりにあれを読みたい、これも読もうとワクワクしていたのに、いざ本棚を設置してしまうとどれにも手が伸びず、新しい本を求めている自分がいた。

さらに『心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ』(ブルックス・パーマー)を読んで、必要ではない本まで手放せなくなっている自分、というのを意識したからだ。

選択肢が多すぎて選べない

この本は、心と住環境の関係性を軸に、ガラクタを手放してラクになろうという1冊。

例えば、夫婦の寝室がガラクタであふれている(=片付いていない)と、気が散って相手の存在に集中できず、コミュニケーションがうまくいかなくなる、という理屈は妙に説得力を感じた。

当時、二百枚以上の CDを持っていて、それを積み上げた二つの山を見て違和感を覚えました。選択肢が多すぎて、自分がどの音楽を聴きたいのかよくわからなかったからです。

(引越しの荷解きが終わらず)想像しているうちは本気であれこれ読みなおしたいと思っていたのに、本棚に並ぶとたった1冊を選べない。

他は多少我慢するから、本だけは好きに買いたいと生きてきたけど、好きだからといってたくさんを“所有するだけ”になってしまっていたのかも。

「(自分には合わなかったけど)好きな作家の作品だから」「サイン本だから」「絶版だから」という理由で残している本も多い。

自分のときめき対象=本と大きく捉えすぎて、知らずにいらないものまで溜め込んでしまっていた。

そして本当に大切なものは、その中でひときわ輝くどころか、深く埋もれてしまうものなのだ。

心を満たすのは本(モノ)ではなく自分自身

劣等感から自宅に本の山を作ってしまった女性のケースも印象的だった。

私は話を聞いているうちに、彼女の行動が劣等感に端を発し、本を読めば読むほど賢くなれるという思い込みに囚われていることに気づきました。彼女はいつも頭が悪いと心の中で感じていたので、本を読まなければならないという強迫観念を抱いていたのです。

自分をよく見せようとブランド品で着飾るようなもので、「本をたくさん読む私」というイメージで賢いふりをする(ちなみに大半の本は積読のまま)。

どれだけ外面が良くなっても、中身は空っぽのままだから満たされない。

「あなたはここにあるすべての本よりも価値のある存在です。それを理解しないかぎり、世界中の本をすべて所有しても物足りないという思いにさいなまれますよ」

本(モノ)が自分を引き上げたり、幸せにしたりするのではなくて、それを読んだ(使った)自分自身で変わっていくしかないということ。

ラクタはスペース以上のものを奪っていく。まずは本棚に余白を作るところから始めてみよう。

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